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【承認欲求の三重苦】承認欲求が人生のメインテーマ/増える後悔/人の不幸を願う私


プラハ カレル橋 チェコ共和国 絵になる町 フォトジェニック タイムスリップできる町 ドラマティック ノスタルジー
自分の幸せを他人の幸せと比べるのは承認欲求のせい

※画像:プラハ・チェコ共和国/カレル橋/ライセンス:DMCA/出典:Wallpaperbetter




自分を幸せにしない原因をつくる根源が「承認欲求を目的に生きること」す。




でも、承認欲求は誰にでも少なからずあるし、ない人はいないんじゃないかというくらい、気づかないうちに自分の中に生まれているものです。




その承認欲求の行動は、2パターンあります。



自分は承認されていると納得出来た時点で、もうコレ以上誰かに承認される必要はないと思うパターンと、承認欲求だけが肥大化するパターン。



承認欲求がある人の行動は、だいたいどちらかに分岐していきます。




肥大化というのは、


承認欲求を満たすことが人生のメインテーマになってしまっている人


のことです。




そこで今日は、肥大化するパターンにフォーカスしてみます。



承認欲求が人生のメインテーマになると「認めてほしいモンスター」になります。



人に認めてほしいという割に、たとえば、彼氏一人に認めてほしいか?といえば、実はそうじゃありません。




彼氏の友だち、彼氏の上司、彼氏の周囲まで認めてほしくなって、今度は、その人たちの知り合いや親友、親戚・・・と際限なく広がっていき、しまいには、日本中に認めてもらおうとする言動をとるようになります。




その他大勢、マジョリティ、コモディティ人材等と言われ、みんなと一緒じゃないのはダメだと思ってる人たち。


 

目次

 


後悔の正体




「あきらめたらおしまい」というのは簡単ですが、どのみち人間は、本当にほしいものは、あきらめてもあきらめきれません。



それが「後悔」の正体です。



で、過去には戻れないので、こうしたかった、ああしたかったことを今やれば、後悔してるそれは、束の間、噴霧します。



だけど、これじゃない、こんはずじゃなかった、となる人がいます。




そういう人は、こうしてほしかった、ああしてほしかったということを、仮に誰かにしてもらえたとしても、「もっと」を望むようになります。




ということは、したかったことも、してほしかったことも、本当にしたいことや、してほしいことは、他にあるということなんです。



だって、それじゃないって言ってるから。



つまり、「なぜ、それをやりたかったの?」と、「なぜ、それがほしかったの?」



という「WHYの答えが間違っている」から、こうじゃない、そうじゃない、あれじゃない、これじゃない、という結果になるんです。




で、出来事の多くは人が登場するので、突き詰めると、



あなたじゃない!という結果になって、その人を嫌いになります。



そりゃそうです。




それをしたいとか、してほしかったとかという対象は過去にいるので、今、目の前にいる人ではないからです。


​①したいこと、してほしいことは、本当にしたいことでもしてほしいこともでない

②してほしい人を間違えている



そして、後悔する。



でも、この場合の「後悔」は、行動した結果なので、やらない後悔よりまだ救いがあります。



その救いが、承認欲求を消すという手段です。


やらない後悔は、やる以外救いようがないので割愛しますね。



 


承認欲求は無意識に条件付きの幸せを求める



承認欲求をメインテーマに生きてる人は、WHYの答えを先にだすことが要求されます。




どうしてそれをやりたかったの?


どうしてそれをしてほしかったの?




という、「どうして?」の部分は、人によっていろいろだと思います。



ですが、共通している答えが一つあります。




それが、認めてほしかったというものです。




承認されたかったということですね。



ほとんどの場合、承認されたいと思った最初は、幼少期です。



「私は承認されなかった」と思って生きている人はとても多いです。




その「なかったもの」こそ、自分に欠乏しているものになります。







その欠乏という穴に、承認される自分を片っ端から放り込んでいく行動をさせるのが、承認欲求なんですね。




思考は、認められない自分に焦点を当てているので、当然、行動は「認められる自分」になるように活動していきます。




つまり、何かをするときの目的が、常に「承認されるため」になってしまっているということです。




ありのままの自分じゃ承認されないから、彼がいたら、可愛い子が彼女だったら、自分が医者だったら、社長だったら、セラピーだったら、カウンセラーだったら、先生だったら、整形したら・・・と、人や何かを自分に引っ付けないと承認されないと思うわけです。




自分という存在に、何か(人、モノ、カネ等)を付けないと生きていけない人は、その「何か」を、欠乏という穴に放りこんでいくだけなのでうまくいかない。



自分という存在に何かを引っ付けることは、条件付きの愛です。



愛されいる私では承認されなかったから、○○に愛される私なら承認してもらえると思い込む行為です。




愛されている私。

贅沢している私。

人気のある私。

美人の私。




で、これは実現することは最高にいいことなんです。



問題は、その自分を他人に承認されないと価値がないと思うことです。



特に、「美人の私」なんて、長く続かないですよね?


みんな老人になってしまうので時間の問題です。



○○は、人によっていろいろだけど、どれも本願からみたら、断捨離に値するもの(捨てるもの)ばかりです。



世間では、承認欲求のことを「生ゴミ」とも言われます。







逆に、承認欲求を満たすことを目的にしてうまく行った例えもあります。



たとえば、片親で育った芸能人で成功している人は多いです。


承認欲求がもう満たされたわけですね。



つまり、人は満たされた状態でなければ、その先にある本当にほしいものはつかめないんです。



承認欲求が人生のメインテーマになると、周囲から自分がどう見えるか?を軸に考えるので、自分に答えがない人がほとんどなんですね。




知っていることを言いたがるのも同じです。


教えたいのではなくて、教えている自分が誰かに承認されたいだけだから、相手のためじゃないんです。



だから受け流すだけになって成長しないんですね。


見掛け倒しというオチがつきます。


知ってることと、それができるかどうかは、また別の話ですからね。



見せるために頑張っているから、見えるところしか頑張れなくなる。



結局、中身が伴わないから、続かないんです。


中身を入れるより、外見で「できるように思われたい」ということです。


もちろん、ブランディングには、ビジュアル(デザイン)も大事なんですが、実際見掛け倒しなら、潮が引くように人は去っていきます。



だから、受け流しという知恵が生まれるのです。


受け流しというのは、知ったかぶりのことで、専門じゃないということです。


知ってることをベラベラ言っておけば、出来るように見えるからです。



頑張れる状態というのは、人が見ていない時も含まれるので、文字が擦り切れた印刷物とか、手抜き必ず見えます。



見えるところだけは、美しいんですけどね。



 


承認欲求を消す方法



  1. 自分ができること

  2. 自分がやりたいこと

  3. 相手が求めていること



この3つを統合することで、承認欲求は消すことが可能です。


3つを一貫させて、完全一致させるということですね。



その満たされた状態で、1人より2人がいい、2人より10人がいい、10人より100人いたらもっといい。



という成長欲求が生まれてきます。



成長欲求レベルにある欲は、承認欲求レベルの欲と違い、相手からどう見られたいか?という自分が消えています。



ブランド物を買うことが贅沢なのではなくて、それをもつ目的が承認欲求なら、見せるために頑張っているということです。



だから何かが滞り始めるんですね。



ほしい理由が間違ってるから、二頭を追うものは一頭も得ずになる。


本来なら、「一石二鳥」になるはずだったことが、です。



もうひとつ、これは「因果」を使った手段になります。



自分がしてもらいたかったことをしてあげる。



これは、承認欲求を消去するには最強です。


でも、なかなか出来ない人が多い。


なぜなら、承認欲求の奥にある損得感情がブレーキを踏ませるからです。



後、人と比べるのも承認欲求のせいなので、過去の自分と比べること。


そうすると、人と比べる必要がなくなります。



完璧を求めるのも承認欲求の特徴なので、完璧主義を改善主義に変える努力は、すべての承認欲求者に必要です。



1日1個、何かを改善するルーチンワークで主体的になっていきます。



最後。


人が欲しがるものより、自分に必要なものを買う。






 


まとめ



人間には少なからず承認欲求はあります。


だから人間らしいと言えるんだけど、今日は、過度になると後悔を繰り返すという話をしました。



承認欲求がない状態とは、自分一人でも自分を幸せにできる自分です。



承認欲求があると他人軸で生きてしまうので、相手の幸不幸に左右されます。



他人軸は、助けてもらったことさえ、当たり前になります。


常に相手の幸せに左右されるということは、主人公は相手なんですよ。


だから、優劣が勝手に自分の中で生まれます。



優のあなたは、劣の私を助けて当たり前。


善のあなたは、悪の私を許して当たり前。



善人なら人を許すのが当たり前。


困った人を助けるのが当たり前。



だから、善と優のあなたは、悪と劣の私に親切にして当たり前。



いつも私がほしいものは、何をしても許される私。


何をやらかしても助けてもらえる私。



その私を、承認されなかったあの日の穴に放り込むのが、人生の目的。



それが叶わない時、承認欲求は、人の不幸を望むようになります。



人の不幸を望む人の周囲は、人を幸せにできる人がいない共通点があります。



こういった、負の連鎖の世界にいながら、


私を幸せにして!

私を助けて!

私を見て!

私をかまって!

私を愛して!


・・・と。



不満を言う自分が、人を幸せにできない人とつながっているので、いくら叫ぼうが不満は増え続けます。



それが、承認欲求が通る「出会いのルート」です。



承認欲求があるから他人軸になるのであって、他人軸だから承認欲求が生まれるのではありません。



だから、後悔する結果を繰り返すんですね。




ビジネスの原則に、顧客満足度は、お客さんの不満を減らすことというのがあります。




お客さんを満足させることを顧客満足度とはいわないんです。


それは、人は不幸でない限り、幸せを感じる生き物だからです。



すべての人を満足させるのは、どんなビジネスでも不可能です。


ですが、お客さんの不満を消すことで、親切にしてもらった、迅速だった、丁寧だったと、クレームなのに星5つがもらえたりするのです。



承認欲求は、自分で自分の不満を消すことでも薄めていくことが可能です。


承認欲求があるうちは、人生と仕事と恋愛を狂わせていきます。



山本真弓

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