挫折した人のセルフブランディング
- 山本 真弓

- 6 時間前
- 読了時間: 6分
どれだけ頑張っても中止になる。
どれだけ努力しても頓挫する。
積み上げてきたものが壊れる。
まるで「賽の河原」のように、
積んだ石が一瞬で崩れるのだ。
それは、努力のせいじゃない。
失敗するパターンを知らないだけ。
そのことを知らせた「裏切り」に
拳を振り上げた私が見たのは、
相手の目に映るもう一人の自分。
そこには、
挫折した人のセルフブランディング
私は、小さい頃から、「何かができるから愛される」といった、愛に条件をつけていた。
かわいいから愛される。
優秀だから愛される。
すごいから愛される。
相手の欲求に応えたら愛される。
だから、いつも努力し、優秀にもなり、6つ同時にこなせるマルチスキルも身についた。

しかし、どれだけ努力して結果を出しても、愛してほしい人に愛されることはなかった。
みんなからチヤホヤされる私が、大切に思う人から選ばれることはなかった。
全部、「すごい」と言われることを、愛されている証拠にしていたことが原因である。
それが他者承認欲求とも知らず、ひたすらデキルことばかりが増えていった。
そして、一人で何でもできることが「自立」だと、さらに間違った価値観が形成されたのだ。
そのことに気づけたのも、私に似た人との出会いだった。
その人が一人経営をする「自分でやったほうが早いから」という理由も、当時の私と同じだった。
最初こそ、スタッフを雇っていたが、よく意見が食い違ったと、その人は言った。
今だから言えることだが、「自分以外の考えで幸せになってはいけない」という価値観は、ほぼ間違いなく、うまくいかない人と出会う。
なぜなら、社会は、協働や共創によって成り立っているし、そもそも自分一人で生きることは不可能である。
一人だけ幸せになっても、ペンペン草も生えない不毛地帯の社会で生きていくこともできない。
そのことを知るために、うまくいかない人と出会うのだ。
当然、その人と私もうまくいくはずがなく、嫌な別れ方をした。

私は、こういった出来事を何度も繰り返し、「なぜ?」と思えるようになった。
責任の所在が、相手から自分に変わったのだ。
「相手を見て自分を知る」という経験を通して、私は、ビジネスの「いろは」から学んだ。
今まで独自、我流だからうまくいくと思っていたことも、真逆だと知った。
ビジネスには、決まった「型」がある。
それを持たない人は「型無し」
型と独自のアイディアをかけ合わせた人は「型破り」
この「型破り」を、強みとか、独自資源、競合不在(ブルーオーシャン)といった。
私は、ビジネスを学び、型を、型破りに変える道具こそ、成功体験ではなく、失敗体験だと知った。
その失敗体験が集まって経験するのが、挫折である。
だから、物事を始める最初は、自分の失敗体験から挫折を思い出す作業がいる。
そして、どうやって乗り越えてきたかを言葉にしたものが、セルフブランディングの土台になる。
だからこそ、挫折した人のセルフブランディングは、流行り廃りに影響をうけない、一生ものの資産になる。
なぜなら、自分とまったく同じ経験をした人は、世界に誰もいないから。
ノウハウに高額を投資して、その通りやったとしても結果が出ないのも、どのノウハウも、他人の経験でできているから_。
休むと売れないブランドマネジメント

しかし、実際、挫折した人のセルフブランディングを、ビジネスに落とし込んだとき、継続できる人は1%程だった。
この1%は、今もコンサル系全体の盲点で、成果を出せない相手と知りながら契約するコンサルは多い。
成果がでなくなるから、都合が悪いことは言わない、もみ消す人の不正が発覚した、あの「忖度保険」に似ている。
当時の私は、教えるだけで成果が出ないから、一緒に取り組む「伴走型コンテンツビジネス」へ業態化した。
しかし、伴走しても相手が途中でやめてしまうことが繰り返され、積み重ねてきた相手と自分の努力が無駄になった。
私は、この時の「悔しさ」や「虚しさ」から、机上の伴走をやめた。
そして、相手の結果が出せない無力な自分を責めた。

私がビジネスで人生を賭けて成し遂げたいことは、相手のモチベーションに左右される依存型業務委託ではなく、相手との関係が一生続く「価値連鎖の最大化」だと思い知った。
私は、今、その場で見える成果を、次の人につなぐ「成果循環モデル」を作り、チーム編成に取り組んでいる。
しかし、この「成果循環モデル」は、ビジネスでは解決が難しい社会課題「経済的自立」を支援する使命があり、営利と非営利の両輪「ソーシャルビジネス」を展開しなければならない。
ソーシャルビジネスは、非営利支援で不足する、受益者の経済的自立教育が可能になる。
しかし、それができても、今度は、自分が働かなければ収入がない問題が起きる。
だからこそ、自分がいなくても回る仕組みを作らなければ、経済的自立は、労働依存を助長させ、努力したことに意味を失う。
「将来は布団の中で生きたい」というビジョンは、さすがに誰もないはずだ。
なのに、不調を自己解釈で言い聞かせたり、回復してもまた今まで通りの働き方をしている人が多い。
であれば、経済的自立をした人だけでなく、労働するしかない人にとって、「休むと売れないブランドマネジメント」は大きな意味を持つ。
艱難汝を玉にす
私は、残された人生をかけて、人の可能性を信じ、本質を誰もが理解できる形に翻訳している。
教育・ブランド・マーケティング・芸術を融合させながら、一人の成長を次の誰かへつなぐ「恩送り」の循環を設計するのが私の仕事である。
私が本当に残したいものは、商品でも、売上でも、会社でもない。
人が人を育て続ける文化である。
そして、その文化が社会に根づいたとき、私は、「愛されるために努力する世界」ではなく、人生を通して求め続けてきた「存在そのものが価値になる世界」を実現できる。
そのための手段が、私にとってのブランド教育なのだ。
ブランド教育を循環させる仕組みが「恩送り」であり、それを社会に実装する技術が、私のマーケティングである。
だから、あの日、相手を通して見えた「もう一人の自分」も、中止を望んでいたのは、成果を出せない相手と知りながら契約したくないと叫ぶ自分だとわかったのだ。
実績を失う怖さから、それを言えない自分の代わりに、相手が中止にしてくれたにすぎない。
その人にとって成果よりほしいものは、「成果を出せない自分を見たくない」という尊厳である。
それは、実績を出せない自分を見たくない私と同じであり、いつの時代も、相手は自分の心を映す鏡である。
振り返れば、私が経験した艱難辛苦は、自分の存在意義が「人の尊厳の回復」ということを知るための道だったと言える。
長い道のりも、いよいよ最終ステージ「Threshold/スレッショルド」まで辿り着いた。
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